utinoko@kotaro

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なかなかアップできずにいたエントリ。
先月、ばぁちゃんが亡くなりました。

最期まで家に居たいと言っていたばぁちゃんは
入退院を繰り返し、大好きだった甘いものも
食べられなくなっていました。
2週間~1ヶ月ぐらいの間隔で輸血も必要でした。


「食べられなくなったらおしまいだねぇ。」


と言っていたばぁちゃん。
家族も、みんなそう思っていました。
そういう覚悟はしているつもりでした。


でも・・・一緒に話しをして笑ってくれる。

でも・・・わんこ達を愛でて笑っている。

でも・・・

でも・・・

「でも・・・」がいっぱいでした。


そんな時、病院の先生が

「中心静脈栄養のポートを作りませんか。」

と言って下さいました。


大きな病気が見つかって、食べても消化できない。
胃が、ガスと残留物でパンパンになって苦しくて
それでも、お腹をさすってあげることしかできない。

そんな自分の無力さに打ちのめされていても
心にいっぱいの「でも・・・」に後押しされて
中心静脈栄養のポートを埋め込む手術をお願いしました。


退院後はゆら達の看護士さんごっこ生活が始まりました。
おむつ交換、点滴、吸引・・・。
ゆらは日勤。旦那様は夜勤。
そんな生活が3ヶ月ほど続きました。
今までで一番辛く苦しい時間でした。
生まれて初めて眠れない辛さを経験しました。
精神安定剤とやらを飲まないと眠れない日々でした。



この4年間で「覚悟してください。」
なんて言葉を何度言われたか分かりませんが
不思議とゆらは「え~?まだ大丈夫だよ。」と思っていました。
初めて言われた時は、ビックリして泣き崩れましたけどね(笑)
旦那サマにも
「先生はあんなコト言っていたけど、ゆらはまだな気がするんだよね。」
「桜も見られるし、お相撲だって観られるような気がする。」
なんて言っていました。

その霊的ともいえる勘は見事に当たり続けましたが
最期の時はいつの間にかでした。
ゆらが、実家の母と電話で話している時に・・・。
電話の途中で、ばぁちゃんの様子を見に行ったら
もう息はしていませんでした。

「ばぁちゃん ばぁちゃん」

まだ温かいのに、眠っているみたいなのに息はしていませんでした。

睡眠薬を使ってやっと眠ったばかりの旦那サマを起こして
訪問看護さんに連絡を入れ、家族みんなに
「ばぁちゃんがね、息をしてないの。」
とだけ伝えるのが精一杯でした。


旦那サマの「お疲れ様ね。」の一言でやっと涙が出ました。


最期の時のばぁちゃんの寝顔のように安らかな顔と
あの時の旦那サマの優しい顔にとても救われました。



そんな風に終わりました。

もうすぐ四十九日です。

ばぁちゃん、向こうのみんなに会えたかな?
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Comment
コメントありがとうございます♪
内緒コメントへのレスは、ここでは控えさせて頂きますね。
だって・・・内緒話なんだも~ん。

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